2012年6月7日木曜日

3台の58

最後まで残っていた現役のEF58。
ついに最後の150号機も廃車となってしまった。茶塗りになってからは一回も見ることも無く現役を降りてしまった。切り番、原型小窓、後は鎧戸フイルターで無ければ最高の一台だったと思う。西に居た車両だからこれは仕方ない。
東に残っていたならHゴムになっていただろう。どちらが良いか?と言われれば鎧戸の方は脇だからOKとなる。
昔は白ゴムが不評で黒ゴムが人気有った。いまは白ゴムが人気。これは笑ってしまう面白い現象である。


1976/8/8  赤羽にての122号機
東北線の普通列車。このスジにはグリーン車の回送が後ろに付いた。
右に見えるのは赤羽線。黄色の103系が走っていた。101系だったのかも?


1976/9/8  山崎にて銀河を引く150号機
この日は京阪100年号のC571を写しに東京からいなばにのり乗り込んだ。
凄い人出だったが返しは事故にて運転打ち切り。残念だった。
この日写した58がコンプリートに大いに貢献した。
このカマはカラーでは一回も写す事はなかった一台。


1975/2  田町にて高千穂を引く157号機。
この日は遅れて来て暗くなり止めて写せなかった。残念。
この頃は浜松のカマも原型小窓の機関車が多く居た。
Hゴム化も一気に進み、いかに早く出会うかと言う運が勝負を決めた。


2012年6月6日水曜日

トワイライトEXP

もう走り始めて20年以上経っています。
最初のころは走るたびに写しに行っていましたが、最近は殆ど行く事は無いです。
下りの初列車を見た時の衝撃は忘れられません。当時はまだブルトレはいっぱい走っていましたが豪華寝台車というのは見た事が無かったのでとりこになりました。
新潟でもまだつるぎ、きたぐには普通に走っていました。時間はつるぎと上りのトワイライトが来迎寺駅の長岡寄りですれ違いましたので良く狙いにいきましたが、なかなか上手く離合を写す事は出来ませんでした。
上りの初列車ですが岩田で待ちました。
1989/7/20  越後岩塚~塚山
この後数年は朝練にせっせと通いました。いまは国鉄色ブーム?ですので青い客車が人気、あけぼのと比較すると雲泥の差でしょう。たまには羽越線を夕方走るとかしてくれたらこれはこれで凄い人が出るのでしょうが…
まあこんな贅沢を言えるのもいつまでか?

2012年6月5日火曜日

後藤寺機関区

今日は昔のカラーでいきたいと思います。
原版は6×9のネガ。カメラはマミヤプレスです。
モノクロなどは驚くほどのシャープさで写りました。PENTAX6×7を買うときに下取りに出してもう手元には有りません。売らないで残して置けばよかったと思います。

1973/3 後藤寺機関区にて
裸電球が良い味出しています。
この撮影行ではネガで何本か写しています。私の唯一まともな現役蒸気のカラーでの記録です。

2012年6月4日月曜日

1978/6/18

今日もモノクロでお付き合い願います。
この日付けに写した写真をアップします。EF811を出そうと思ったら同じ時に写した写真が他にもありましたので同時に出してみたいと思います。
このときは他にネガの35mmを同時に写していますが、中判の6×7で写したこちらのほうが今となっては綺麗です。
ネガの退色は凄まじく10年でどうにもならないものも多いですが、比較的にコダックのネガは良い方で蒸気の時代でも何とかスキャン出来ます。ありがたい事です。
町の写真屋さんなどで現像した物は率からすると退色が酷いように思われます。処理の違いでしょうか?純正の方は高いだけ有って保存性も高かったようです。



順番はどうだったかは分らないが連続して写していたようだ。
所は越後岩塚~来迎寺間で、まだ後ろの山には松が生えている。
流雪溝も未装備。
被写体良し、天気良し、ロケーション良しの岩塚界隈です。
1978/6/18  PENTAX6×7  105mm
 やはりモノクロは時間が経っても変らずに美しいです。またこの当時の車両も良く手入れされていて綺麗です。脇を走る道路は出来ていたようですがまだ未舗装だったかもしれません。自転車で来迎寺の中学校まで通っていましたが砂利をまいた時の運転のしずらさは閉口しました。
鉄道がまだ何とか輝いていた時代です。

2012年6月3日日曜日

越後線

今日は越後線まで出かけてきました。
昨日の湘南色6連が入るということで行きましたが沿線は草が伸びきり足回りの写る所が無い。
撮影する所を探すのに難儀しました。
越後線には余り行くことも無く、最近では中越地震の時リレー号が走りましたが、その時以来でしょうか。
大昔に関屋折り返しの客車が無くなるとか?という事で一回写しに行っています。
この辺りもその後行くことも無くどうなっているのか?分りません。当時はまだ貨車が有ったんですね。


1980/11/3
関谷にて


2012年6月2日土曜日

115系湘南色

今日は信越線を下る貨物を掲示板で見ると白いのばっか!という事で信越線、長岡以北に2092レを引くEH200を一回写しに行きたいと思っていたので今日がチャンス!と出かけました。
トワイライトも無い日でしたし。
起きたら曇り。霧か?と思い車を走らせていくと東山の下にオレンジの光が見えました。見附方面は良い天気のようです。
長岡の先は晴れていて通過10分前に到着。無事念願の2092レを写せました。今日はEH200-2号機でした。
その後粘って貨物、115系も写しもう一つの目当ての2082レの742を待ちます。115系の方は余り写真の無いL-7編成が来てくれて収穫でした。それと湘南色のL-6が来てくれ、その後の運用を見ると土日運転のスジにて湯沢に行くようでしたので、滝谷の先まで行き写して帰ろうと思い移動。

8732MのL-6 小千谷~越後滝谷


こちらも無事に撮影。
するとメールが。信越線を湘南色の6両編成が長岡まで上って来るとのこと。これは行かなくては!
北越4号もT-18と言うことで合わせていただきました。
聞いたところでは高崎の115系と組んでいるとか。しかし長い編成は素晴らしいです。また機会が有ったら拝みたいものですね。

434Mの6連
長岡方から1.5.6両目がN-2編成のようだ。


2012年6月1日金曜日

EF58172お召し機撮影会

これも1982年に有りました。
まさかの青色58のお召し。これは絶対行かなくては!と会社を休んでいきました。
夕方宇都宮機関区にて撮影会をしていただき感謝しています。
一緒に写っているEF5889がその後茶釜になり、大活躍するとは思ってもいなかったでしょう。
もう一枚は飯田線にての写真です。
82年の物は無く83年の正月に行っていました。千代駅にて写した旧型国電です。
しめ飾りが素敵ですね。
このように並べて見るとまだまだこの頃は魅力的な被写体が山のように走っていました。まだ国鉄の全盛期のかけらを見る事が出来た世代でまだ幸せな世代で良かったと思います。

1982/5/21
宇都宮にて


1983/1/2
飯田線 千代駅